2017年 3月 の投稿一覧

慢性症状の原因と改善方法

越谷base慢性症状対策

・頻繁に起こる頭痛、腰痛などの「慢性化した直接的な痛み」

 ・自律神経の乱れからくる「不定愁訴」

(いつもなんとなくだるい、すっきりしない、やる気が出ない)

どちらも生活の質を著しく低下させます。

このページでは

慢性症状の原因と対処法、越谷BASEではどのようにアプローチするのかを

できるだけわかりやすくお話しします。

 

慢性症状の原因

痛みや痺れの直接の原因はトリガーポイントの活性化です。

そしてトリガーポイントが活性化してしまう要因は、

①運動不足

②運動しすぎ(オーバーユース)

スポーツによるもの、生活習慣によるものとあります。ここでは生活習慣の方を取り上げます。

③間違った体の使い方

これもスポーツによるもの、生活習慣によるものとあります。ここでは生活習慣の方を取り上げます

などによって筋・筋膜の柔軟性が低下してトリガーポイントが活性化しているのです。


詳しく知りたい方はこちらを↓

トリガーポイントとは


そして、その痛みを悪化させたり、強く感じてしまう原因はまた別にあります。

それは

④脳の暴走です。

とても重要なことなので最後まで読んでくださいね。

ではこれらを順序立てて

対処法も含めてご紹介します。


①運動不足の場合

運動不足はトリガーポイントの活性化の主たる原因です。私たちの体は、動くことで健康を維持しています。動かなければ、筋肉は硬くなり、血流が悪くなり、ボソボソとしたビーフジャーキーのような組織になってしまいます。

さらにストレスホルモンを活性化させ、交感神経を刺激して直接的な痛みはもちろん、なんとなくだるいかったるいやる気が出ないなどの不定愁訴の大きな原因にもなります。

これはもう動いてくれ、としか言えないのですが、

ただし、せっかく腰を上げても慢性化がきついと、悪化する可能性もありますし、仕事や育児などでわかっていても自分では限界がある、など事情もあるかと思います。

また、苦痛を伴う運動や、ちっとも楽しくない運動はかえって運動離れをさせてまいます。楽しくやることも大切です。

越谷baseができること

順序としては施術から始めて、まずは体をラクにしてあげてから、適切な運動量、生活指導などを正しい順序でじっくり進めていくのが望ましいかと思います。

程度にもよりますが、本人が腰をあげれば、解決もできます。運動と聞いて耳が痛い人も多いと思いますが、運動しないで健康になろうなんてことはまず困難です。できそうならなんでも構いませんから動くことを増やすことです。

セルフケア 具体的対処法

デスクワークなどでどうしても座りっぱなし、忙しくて運動できないという方

・30分に1回は立ち上がる

屈伸運動やその場でぴょんぴょん跳ねるなどして、足腰に血液を巡らしてください。脳の耳石を刺激して上げる意味もあります(耳石に運動刺激を与えないと老化を早めることがNASAの研究でわかりました)。

・腕をダイナミックに回す

片手ずつ行います。

コツは腕だけではなく、「体ごと動かす腕回し」が効果的です。

腕は肩からではなく、鎖骨から始まっています。体幹をねじるくらい大きく腕を回し、鎖骨から腕が動いていることを感じてみてください。

・電車の中でユラユラ立ち

インナーマッスルを刺激してコアを高めることができます。

両足の幅を肩幅に開き、膝を柔らかく保ちます。

肩の力は抜いてリラックス。

足の裏全体で立ち、揺れに対し、かかと、つま先、内側、外側と重心を移動させます。決して抵抗しないことです。

視線を常に水平に保ち、アゴを少し上げるとバランスが取りやすくなります。

・一駅歩く

日常的なウォーキングで歩きすぎるなんてことありません。

歩くことを避けることでますます歩けなくなります。

怖がらずにゆっくりでも歩くことです。

※膝や、股関節など脚の痛みがある方は治療と歩行指導が先です。いきなりは控えてください。


②運動しすぎ(オーバーユース)

運動が、スポーツなのか、生活の中の動きによるものなのかにもよります。スポーツによるオーバーユースは アスリートの方をごらんください

生活の中で起こる運動しすぎとは、繰り返しの作業による過負荷で起こります。

  • 肉体労働による体の酷使、
  • デスクワークによる手のしびれ、腱鞘炎、眼精疲労
  • 販売の仕事などで立ちっぱなしによる足の冷え、むくみ、しびれ
  • お子さんの抱っこによる腰痛、腱鞘炎

これらも避けることはできないことばかりです。

でも実はこれらをしても全く問題ない人もいます。同じことをしても負担になる人もいれば、ならない人もいるのです。つまり、肉体労働やデスクワークが悪いというより、本人の問題と捉えた方が筋が通るのです。

  • 抱っこで腰痛になったから、子どもは抱かない
  • 体壊すから仕事辞める

そうはいきませんよね。

明暗を分けるのは心身のコンディションです。

高いレベルで心身を保ってていると痛みに悩まされることは確実に減少します。

ならばコンディショニングをして底上げ、BASEUPしかないのです。

当店ができること

施術から始めて、まずは体をラクにしてあげてから、

いかに簡単なセルフケアを取り入れ、負担を減らすかに力を注ぎます。

セルフケア 具体的対処法

首とつくところをよくほぐしてみてください。特に手首、足首です。ぐるぐる回したり、上下、左右とゆっくり丁寧に繰り返してください。

先に書いた、4つのセルフケアも全て効果あります。


③体の使い方

体は常に最適を探してバランスを取ろうしています。その結果、代償動作を作り出します。

  • 足の怪我をかばって膝が痛くなる
  • 膝をかばって腰を痛める
  • 腰をかばって首が痛くなる
  • 体の使い方にクセがあり、常に変な動き方、歩き方をしている

運動連鎖、筋連鎖などと言われて、一つの痛みが全身に及ぶこともあるのです。

越谷baseができること

順序としては施術でアンバランスを調整してから、姿勢評価、生活指導、ストレッチなどを取り入れ、正しい順序でじっくり進めていくのが望ましいかと思います。

使いすぎなんですからゆっくり休息するのも大切です。

セルフケア 具体的対処法

これは直接アドバイスさせていただきます。


④脳の暴走

これは近年解明されてきた事実です。

「痛み」は患部ではなく、「脳」で感じています。

痛みによってストレスや不安を感じるのは脳の扁桃体という部分です。ネガティブな感情が脳の扁桃体を暴走させているのだそうです。

痛みが長期に渡ったいたり、何をしても改善しない状況が続くと

痛みやしびれの症状はすっかり居座り始めます。

これは脳が痛みを記憶してしまい、扁桃体の暴走、神経過敏が起きているのです。うつ病もこの仕組みが関係していると言われています。

これは薬物療法や認知行動療法などで改善されると言われています。

でも、これ、自力でもなんとかなるケースもあるのです。

例えば、どんなに痛くても痛くない時があります。

それは痛みを忘れている時です。

  • 友達と楽しく遊んでいる時、
  • 何かに夢中になり没頭している時、
  • 美味しい食事をしている時、

そんな時は、誰でも痛みが0になっています。これは、ごまかしなどではなく、痛みは意識すると出現し、忘れていると消えるということを端的に表している事実なのです。

そしてもう一つの痛みを悪化させたり、強く感じてしまう原因があります。

ストレスのレベルと症状のレベルは一致する

ということです。

痛み、しびれといった不快な症状によって受けるストレスが大きいほど症状を感じるレベルが上がります。

  • この痛みのせいでこんなひどい生活になっている
  • この痛みのせいで旅行に行けなかった
  • いつでも不安が付きまとい、ちょっと動くことにも緊張してしまう
  • こうすると痛くなる、痛くないなどといつも痛みのことを考えている
  • 痛みの原因を徹底的に追求している

こんなことばかり考えていると、もう年中痛いわけです。

いかがでしょう。

慢性症状を持っている方はほとんどの人がどれかに該当していると思います。

越谷baseができること

施術も大事ですが、あなた自身の思考を変えることがもっと大切です。

痛みとの付き合い方を変えることはそう簡単ではありません。

セッションを通して、あなた自身の脳の記憶、思考を上書きします。繰り返し、繰り返し、根気も必要です。

セルフケア 具体的対処法

認知行動療法です。

非常に専門的ですので、外部サイトを紹介します。

http://www.direct-commu.com/training/a_007.html

当店での心理的アプローチはある程度確立しており、成果も出ています。これは自身の研究と経験に基づく内容です。

ここまで読んでくれたあなたにおすすめのメニューは

初回は整体コンディショニング60分コースです。

施術を中心に、まずは体をラクにしましょう。

体をラクにしたら楽しく運動したり、日々の負担を軽減するノウハウをしっかりとお伝えします。痛みとの付き合い、受け流すノウハウ、など習慣化するまでお付き合いします。



24時間受付のネット予約

はじめての方のための

整体コンディショニング60分コース

予約は

頭痛、肩こり、腰痛、手足のしびれの整体コンディショニング

越谷市北越谷5丁目7−2

越谷BASEコンディショニング&カフェ

TEL:0489156272

まずはメールで相談

北越谷駅のカフェのある整体サロン越谷BASE

カフェと整体でココロもカラダもリセット&リフレッシュ

 

予約時間に来て、セッションを受けて、終わったらすぐ帰る、という通常の整体院として利用していただくのも良いのですが、もし雰囲気がお気に召したら、少し時間の余裕を持って、くつろいでゆっくりして頂けたらと思いカフェスペースを用意しています。

フリードリンクと有料ドリンクを用意しています。

有料ドリンクにはヘルシーなお菓子も付け合わせてます♪

※埼玉県食品衛生協会より喫茶店営業の許可を取得しています。

衛生管理者松田孝司

 

 

カフェスペース紹介

一枚板のテーブルは神代欅ジンダイケヤキという土に埋まっていたケヤキです。

そしてキャンプスタイルでゆったりと深く座れるキャンプチェアー。

5、6人で囲んでくつろぐことができます。

越谷base カフェスペース

 

別の角度から♪

カフェのある整体

 

ドリンクメニューは別ページにて

カフェメニュー

お持ち帰りもできます。(コーヒーのみ)

 

 

カフェスペースは解放しています。

整体を利用しない方でも遠慮なくご来店下さい。1ドリンクオーダーよろしくお願いします。

 

・ママ友同士のカフェとして、

こんなプランもあります→グループでお得なカフェ&整体コース

・ランニングの発着拠点として、

荷物預かりもできます。準備中

・サークルの打ち合わせとして、

・イベントスペースとして、

イベントの利用方法について お問い合わせください。

 

 

 

カフェスペースという”場”が何かを解決したり、創造したり、コミュニティの場になってつながりを作ったりすればいいなあと、こっそり思っています。

身体の最適化、心と体と栄養、場。
ご来店心よりおまちしております。

自伝:整体師になったけど③

足のコンディショニング越谷base

前回はこちら

 

俺は何がしたいんだろう?

 

整体の仕事を生業にしながらも、

そういうことでもなさそうだな。俺の目指すことって。

そんなことくらいは割と明確にわかっていたのです。

 

でも、困った。俺のやりたいことは看板にひとことで書けないぞ。

 

ビジネスで散々学んだ鉄則

 

あなたが何屋さんかを明確に伝えなければお客さんとは永遠に出会えない。

たとえどんな素晴らしいサービスをしていたとしてもね。

 

はい、完全にこれです。

 

でも嘘はつきたくないし、かっこ悪い〇〇整体とかぜったいありえない。(すいません)

 

でも苦労するのは認知されるまでなんだから、まあ、思いをぶち込んだ名前にしよう!

 

そして決まったのが

 

越谷BASEコンディショニング&カフェ

 

でした。

中継地点、拠点、土台、基礎、足、

もう僕にはこの名前しかないのです。

微調整、相当悩みましたけど笑。

 

ほくは飽きっぽいし、変わったことが好きだし、マイノリティでアウトサイダーではあるけど(笑)、

 

整体という仕事を続けた来た結果、整体の外に飛び出した結果、

整体だけにこだわる必要を感じなくなり、

 

いろんなスタイルがあって良い

いろんな治り方があって良い

いろんなヒト、モノ、コトが出会う場があれば

うまくいくことはたくさんある。

 

カフェでまったりすることが何よりの治療になる人もいるでしょう。

運動をしない人がここのレッスンを通して、始めるきっかけになれば最高。

食事にこだわり、食事に翻弄されている人が

体から診立てるホリスティカルな栄養学に触れて気がラクになれば超嬉しい。

子どもたちが走ることを大好きになって元気に駆け回り、スポーツで青春を謳歌してくれれば、本望。

 

そして、

僕は”ゴッドハンド:神の手”が治癒に導くというクライアントさんの幻想を変えていきたい。

 

セラピストの腕がいいことは当たり前です。

でも僕は

治す技術を通して、体との付き合い方、向き合い方を伝えたい。

 

それでも生きていれば、いろいろあります。

それを寄り添い、サポートできればいい。

僕たちプロは絶対主役になってはいけない。

 

 

手品みたいに治った人は、治療に依存します。

それは短期的にはクライアントのメリットになりますが、

必ず、ぶり返したり、なぜそうなったかを考えることをしなくなります。

 

思考を奪うことは洗脳です。

これは治療院のメリットだけです。

 

 

 

僕が目指すのは

「整体のいらない身体作り」です。

整体師・カイロプラクターだけど、治すという見せかけの整体の仕事の量を全力で減らしたいと心から思っています。

 

僕たちはプロのメンテナンス屋ですから。

 

(調律って言葉が自分には一番しっくり来るんだよなー。ボソッといっておく)

 

整体、かけっこ、ランニング、セルフケア、インソール、カフェ、食事。

 

僕はまだまだ貪欲です。

 

あれこれ手をつけてるけど本質は変わらない。

 

このお店をゆっくりと育てていきたいと思います。

 

 

だからもっと認知させないと!!

 

応援よろしくお願い申し上げます。

 

長々とお付き合いありございました。

 

頑張ります。

 

 

松田タカシ

 

 

自伝:整体師になったけど②

足のコンディショニング越谷base

前回はこちら

続き

 

そして東日本大震災

あの時間はスタッフのMさんは昼食に出ており、治療院に一人でした。

突然の経験のない、揺れに動揺し、何が何だかわからないまま、ラジオをつけ、情報をとりました。

「津波???」

どういう意味かはネットの動画を見てようやくわかりました。

自然の破壊力、人間の無力さ、ラジオから聞こえるアナウンサーの声。繰り返す言葉。

 

僕たちは今未曾有の経験をしている。

 

人助けを生業にしている自分たちが指くわえてていいのか?今何ができる?

 

今何が??

 

営業を終了してすぐ、駅前に向かいました。

 

外はどうなっているんだ??帰宅難民がいたら、何かできるか?

 

来ないバス、タクシーを待つ人たちが寒そうに行列を作っていました。

 

そうだカイロを配ろう!

手持ちのお金で使い捨てカイロを買えるだけかき集め、Mさんと配りました。

それでも、全く心の何か、突っかかりはとれず、その日は店に泊まったのです。

翌日、それ以降もモヤモヤが日に日に増して生き、ツイッターを追いかけていると、一人でもできることがある、現地に行こうと呼びかける人がいたのです。

そこからはもう、怒涛の日々でした。

単身石巻に行き、その後、いろんなボランティアの方と出会い、

「小さな避難所と集落をまわるボランティア」という枠組みの中でそれぞれができる活動をしていこうと提案する元新聞記者の方と出会い、支援活動を本格的に始めたのです。

 

これは被災者、支援者ではなく、個人と個人という、顔の見える関係を作っていこうという聞いたことのないボランティアで、最初は正直、がれき撤去した方が、よほど役に立つんじゃないかと、思っていました。

しかし、担当した南三陸に、一度行き、被災者と繋がり、次にいく理由ができ、2回目行き、3回目の理由ができ、と、南三陸に通うようになっていました。

 

0泊3日みたいな過酷なことも何度もやりました。一所懸命、足りないものを必要な数だけ必要なところに。

 

しかし、夏も過ぎると、傾聴訪問のように変化してきて、そのうちだんだん持っていくものより、お土産の方が多くなっていました。名前で呼び合い、親戚の家に遊びにいくような感覚。これって一体なんなんだろう?

支援のために通っていた南三陸にいつのまにか、笑顔に会いに、話を聞きに、話を聞いてもらいに、心の交流というか、不思議な関係になっていきました。

 

僕をこの活動に引き入れた方の言っていた形がこれなのかと。

被災者、支援者ではなく、個人と個人という、顔の見える関係を作り、その後もずっと付き合えれば良いねと。

 

そして、埼玉の家族と東京の治療院。院は信頼できるスタッフに任せるようになり、気持ちは東北に。いつも東北。

家族との時間も減らし、今は有事なんだ、しようがないんだ、と。気持ちは東北。いつも心に東北。

そして、家族も治療院も患者さんも傾き倒れかけていたことに全くきづきませんでした。

仲良くしていた、被災地のYさんに

一番大事なのは家族でしょ!

と怒られ、目が覚めました。

お茶ラジプロジェクト(お茶のみと東北弁のラジオ体操を組み合わせたコミュニティの場を作るプロジェクト)を最後に、およそ一年続けた支援活動はピタリとやめました。

失った仲間、失った信頼、家族、日常を取り戻すために。

家族が一番大事。何をおいてもそこはおざなりにしちゃいけない。

そんな当たり前ができなくなっていた自分。

少しずつ、僕の中で価値観が変わっていることに気づくのです。

 

憎き津波が僕にくれたもの

協力してくれたたくさんの友人、震災で知り合った仲間との交流の中で、

治療院の中だけで満足していたちっぽけな自分。

 

衝動に駆られて東北に来て感じた被災地の思い、非被災地の思い、

政治、マスコミ、経済活動、

外に目を向けたら、本当に知らないことだらけで、

見たことも聞いたこともない世界、初めて味わう感情、生と死。

生きている人、亡くなった人、どちらかわからない人、それを待つ人。

瓦礫の山、鉄筋だけの建物、思い出の場所、思い出のもの。

奮い立つ被災者、鬱になる支援者、取り持つヒト、引き裂くヒト

浄化されていく海・・・・

ヒト、モノ、コト、ヒト、モノ、コト

 

僕は震災以来、モノの考え方、捉え方がすっかり変わっていきました。

人とつながるということ、この向こう側に何がある?誰がいる?

目の前の出来事の本質はなんだ?

いつもそんな風にぼんやりとですが意識するようになって行きました。

 

憎き津波。

でもその津波をきっかけに

今の僕の生き方、考え方が変わり、

納得のいく道筋が見えるようになっていました。

 

僕は治療スタイルにまで変化が出てきました。

栄養学を学び、ランニングにどハマりし、運動の重要性を改めて学び、

ビジネスの勉強もしました。

 

視野が広がると患者さんの見立ても変わって行きました。

 

今まで、自分の腕ばかりに頼っていた治療からの脱却です。

 

自分の中に治る力はたっくさん持ってるじゃんか!

ほんとはすごいんだぞ人間て!

 

ここら辺が今の自分のスタイルの原点になっているのだと、

 

これを書きながら、改めて、頭が整理されました。

 

そして

今僕は、家族との時間を一番に考え

 

地元開業を決意するのです。

 

 

自伝:整体師になったけど③

 

自伝:整体師になったけど①

足のコンディショニング越谷base

足掛け20年越谷に住んでいますが、ようやく地元に根を下ろし働くことになりました。ここでは無名の一整体師ですので、私のことを知らないみなさまと少しでも距離が縮まればと思い、包み隠さず、松田タカシをお話しさせていただきます。でも自分のために書いた。ほとんど。

 

 

陸上とギターに明け暮れた中学高校時代

中学、高校と陸上部で110mハードルという障害競技を専門にしていました。

中学の最後の一年は、住んでいた川口市の大会では完全優勝、うち2つは大会新記録と、好成績を残していました。

陸上と母親から習ったギターだけは真剣にやっていましたが、本当に勉強はサボっていました。

北辰テストという当時の偏差値が出るテストで2回連続で、40前後と衝撃の数字を叩き!流石に入れる高校がないことにショックを受けました。

そこから頭の良い年子の兄貴にお願いし、猛勉強を始めたのです。

幸い、部活で好成績を残していたので、私立へのスポーツ推薦を取り付け、それでも不安なので、勉強は続けました。

すっかり友達と遊ばなくなり、帰りは単語帳を開きながら走って帰る毎日。

結局、受験直前では3教科で偏差値は確か65か66まで上がりました。

 

スポーツ推薦で入った私立高校では、勉強はやはり、またしなくなりました笑。

陸上とギターに相変わらず夢中になる日々でした。陸上では3年間結局、地区予選は抜けられませんでしたが、高校ランキングでは34位。タイムだけは良かったおかげで、A標準突破者だけが出場できる横浜アリーナ室内陸上というなんだかすごい大会に出ることができました。全国の強豪と肩を並べて60Mハードル。いい思い出になりました。

そして、大学受験の時に、大学受かったらあと4年間は陸上に集中、終わったら音楽活動をしよう。受験失敗したら、就職はしないで音楽をやる。と決めました。

大学入試は、またスポーツ推薦。今では箱根常連校になった某大学一本に絞り望みましたが、文武両道を掲げるその大学の文の壁を超えられず、大学受験は失敗したのです。

 

 

とりあえず音楽。それしかなかった。

受験を失敗したら、中学からずっと一緒にギターを弾いていた親友と二人、

プロになれるかわからないけど、とにかくやると決めた。

陸上と音楽だけの6年間を過ごした僕にとって就職する選択肢はなく、

陸上なき今、アルバイトしながらの音楽活動にのめりこみました。

仕事では大どんどん大きなを仕事を任されるようになり、契約社員、社員とステップアップ、

音楽は新しいバンド仲間と出会い、ブルースバンドを結成、自主制作テープ、CDなどもリリース、あちこちで週末ライブ、東海地区遠征、すずめの泪ほどでもギャラも出たりしつつ、、こちらも夢中になりました。

仕事は仕事、バンドも最高、この時期は本当に夢のように楽しい日々でした。

ライブやるたびに、プロみたい、とチヤホヤされながらも一向にプロ化せず笑、

そして結婚

そんなうち、今の妻と出会い、2年を待たずに結婚。そうなるともうちゃんとしなきゃと、思うようになり、兼ねてから誘われていた正社員になる決断をしたのです。

その頃はもうバンド仲間もだんだんと仕事や転勤でライブが組めなくなり、プロになるメンバーも出たりして、ソロでライブもやるようになっていました。

私の職場は、先行きの不安なアミューズメント業界、成り行きで正社員までなったものの、

「ここに骨埋めるのか?」ということが現実的に目の前に現れた時に

ビジネスライクだから続いていた気持ちがはっきりとわかり、精神的に苦しくなって行きました。

耐えきれず、退職を決意したのです。

 

一国一城の主人に!

 

自分の時間を自分でコントロールできる生活ってなんだ?

好きな仕事を見つけ、音楽も続けられる環境って?

独立事業主しかないじゃないか!!

 

という感情が沸き立ち、次も決めず、会社を退職しました。結婚したばかり、義父に合わす顔もない、そんな中でやりたいこと見つけを始めました。もう行き当たりばったりです。

本当に何をしようか決まっていなかったのですが、高校の陸上部の仲間たちが、マッサージや整骨、カイロ、トレーナーなどを仕事にしてて、なんとなく、この道なら入りやすかな、と資料を請求し始めました。何箇所か体験にも行き、決めかねている時に、取り寄せた資料中に、僕の運命を変える一冊があったのです。

 

カイロプラクティックとの出会い

私が卒業した大川カイロプラクティック専門学院の学院長である、大川泰先生の著書、『カイロプラクティックほど素敵な仕事はない』この本を読み、人に感謝され、しかもちゃんと稼げて、夢のような未来が描かれていました。

授業見学での解剖学、生理学のしっかりしたカリキュラムは、アメリカのカイロの大学のレントゲンの授業以外を抜かせば引けを取らない内容だとの学院長のお言葉、実技でも国内のどの学校よりも実践的で中身が濃いという意気込みに感動し、施術体験の感触もよかったので決めたのです。

 

さあ、決まった。カイロプラクターになろう!と。

学院に入学し、誰よりも早く、現場に入り、手を作り、誰よりも早く、患者様を担当するようになりました。施術は素人でしたが、高校時代の先輩のマッサージ、背骨を鳴らす遊び笑、などで抗体がありましたので、同期が苦戦する難題課題はどんどんクリアしていきました。

 

学生のうちからどんどん経験を積み、治療の面白さや難しさを体験し、これはすごい仕事だぞ、しかも俺、向いてるぞ!(楽天的)と確信するようになりました。

 

実は父親に昔から言われていたことがありました。

「お前肩もみがうまいなあ。孝司のタカは親孝行の孝だからなあ」

 

こういう、親の何気ない言葉が僕の命に刻まれていた、のかはわかりませんが、父のいうとおりになったのか、と感慨深い気持ちになりました。

 

サービス業を長くしていた経験が生き、患者さんとのコミュニケーション、何を求めているのか、どう切り返したら良いか、など技術的に足りないところをコミュニケーションでリカバーしていました。

 

そして、2007年の夏、就職したのが武蔵野市のにしくぼ整体(前職場)でした。

8ヶ月働いたら、春には地元越谷界隈で独立する予定が、我が娘の出産と重なり、独立は延期。

あれよで院長に就任し、晴れて、フランチャイズですが、念願の独立事業主になったのです。

本当にやりがいのある仕事、難しいけど、笑顔を作る仕事、技術も大事だけど、

先輩たちが、常々、この仕事はサービス業だぞ、と言っていたのを

経験を積めば積むほど、本当にそうだ、治療って治す技術だけではないんだ、実感していました。

苦労もたくさんしましたが、働いてくれる仲間、患者さんに成長させてもらう日々でした。

 

自伝:整体師になったけど②